研究ジャーナル

研究テーマに関する書籍,論文の読書ノートです。

2016年3月

King, K., & Mackey, A. (2016). Research methodology in second language studies: Trends, concerns, and new directions. Modern Language Journal, 100 (sup.), 209-227.


近年,多くの研究者により混合研究法の重要性が叫ばれ,そのようなアプローチに基づいた(と主張する)研究も増えている。ただし,大半の研究は量的研究と質的研究を併用するに留まっており,研究の様々な段階においてそれぞれのアプローチが適切に「統合」(integration)されている研究は数少ない。そのような現状に対して,著者らは異なった認識論的立場から,特定の研究課題について系統立てて検討する「層化アプローチ」(layering approach)というものを提案し,関連する研究を紹介することを通じて,本アプローチの持つ可能性や課題について議論している。小柳・峯布(2016)でも述べたように,今後ますます各分野での研究課題の細分化,高度化,複雑化が進めば進むほど,「層化アプローチ」を実践するのは(理論的には魅力的な一方で)実際には難しくなっていくように思われる。ここにこそ,これまで以上に各分野間の研究者同士のコミュニケーション(いわゆる,たこつぼ現象に陥らず,他分野にも関心を持つこと)が必要になってくる所以がある。


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小柳かおる・峯布由紀 (2016). 『認知的アプローチから見た第二言語習得研究: 日本語の文法習得と教室指導の効果』 東京: くろしお出版.


教室第二言語習得(classroom/instructed SLA)に関する研究を,主として認知的アプローチの観点からレビューしたもの。SLAの認知過程(意識,注意,記憶),教室指導の効果に関する研究(フォーカスオンフォーム,インプット処理,フォードバックなど),さらに日本語に関する教室習得研究の現状について,包括的に整理・検討している。著者も指摘しているが,本書を一通り読むと,近年のSLA研究がいかに理系的な要素(例えば,仮説検証型の論理構成,統計を駆使した実験手法)を強く取り込んでいるかがよく分かる。海外のトップジャーナルを見ても,研究課題の細分化が進み,LLなどは掲載論文が(理系雑誌のように)ほぼ共著論文になっている。認知科学の一分野として学問的成熟さを高める一方で,実際の教室指導に「本当の意味」で教育実践的示唆を与えられる研究というのはどんどん減ってきているようにも感じられる。


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サトウタツヤ (2015). 「TEA (複線径路等至性アプローチ)」『コミュニティ心理学研究』19, 52-61.


荒川歩・安田裕子・サトウタツヤ (2012). 「複線径路・等至性モデルのTEM図の描き方の一例」『立命館人間科学研究』25, 95-107.


著者らが提唱する複線径路等至性モデル(TEM; のちに複線径路等至性アプローチ(TEA)と名称を変更)についてその概略をまとめたもの。従来のKJ法やグラウンテッド・セオリー・アプローチと同様に,発達の変化プロセスを記述・解釈する方法論的枠組みの1つだが,大きく異なるのは従来のアプローチがデータから発達プロセスの「構造」を導き出すことに主眼を置いているのに対し,TEAではプロセスそのものを理解するということに焦点を当てている点。サトウ(2015)はTEAが生まれた背景やその大まかな考え方について,荒川・安田・サトウ(2012)はTEAの特徴であるTEM図の描き方について,具体的な事例を挙げながら簡潔にまとめている。近年,注目を集めているDynamic Systems Theoryの考え方とも相性が良いことから,今後,応用言語学,外国語教育の分野でも利用されることが増えていく質的アプローチの1つになると思われる。


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Staples, S., & Biber, D. (2015). Cluster analysis. In L. Plonsky (Ed.), Advancing quantitative methods in second language research (pp.243-274). London: Routledge.


クラスター分析の考え方とその実際について分かりやすくまとめたもの。SPSSを使った分析プロセスがステップバイステップで紹介されている(全部で11ステップもある!)だけでなく,クラスター分析を使って行われた(応用)言語学関連の論文が多数紹介されているので,どのように実際の調査・研究で利用されているのか具体的なイメージをつかむことができる。


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Lee, J. (2012). The implications of choosing a type of quantitative analysis in interlanguage research. Linguistic Research, 29, 157-172.


本論は,言語研究へのクラスター分析の適用可能性について検討したもの。一般的に,クラスター分析では「変数」に研究で焦点として取り上げる要因,「ケース(のラベル)」に被験者を指定することが多いが,本論ではその逆のアプローチを用いた分析(結果的に,被験者ではなく変数を分類,ここでの変数とは特定の言語項目)を実施し,その有効性を検証している。従来,言語研究ではANOVAを中心とした平均値を比較する手法が多用されてきたが,このような方法論はその性質上,仮説検証的なアプローチに基づくことが多い。本論は,それらに加えて,クラスター分析のような探索的な分析(言い換えれば,仮説生成的なアプローチ)も併用することにより,言語研究の幅をより広げることが可能になると指摘している。


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鳥飼玖美子 (2016). 『本物の英語力』 東京: 講談社.


本書は,著者が2011年に出版した『国際共通語としての英語』(講談社)の続編として位置づけられる。前書は,グローバル時代の多文化多言語社会において必要となる異文化コミュニケーションを目的とした英語(著者の言葉で言えば,「国際共通語としてお互いに分かり合える英語」)が必要であることを提案したものだが,本書はそのような英語をどのように身につけるのかという具体的な方法論に焦点をあてたもの。大きく三部構成となっており,一部では基礎力(発音,語彙,コンテクスト,文法)の重要性,二部では実際の学習法(訳読,スキルvs内容,テクノロジーなど),三部では応用的な実践法(英語のライティング,語学研修や留学,仕事に使える英語など)についてまとめている。具体的な学習法や実践法が数多く紹介されているが,その根底には「グローバル市民」(日本企業や政府が求める「グローバル人材」とは異なる)としての英語力を身につけてほしい,そして「英語格差」と呼ばれるような歪んだ現状を乗り越えていってほしいといった,著者の切なる願いがあるように感じる。


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Mercer, S. (2016). The contexts within me: L2 self as a complex dynamic system. In J. King (Ed.), The dynamic interplay between context and the language learner (pp.11-28). New York: Palgrave.


従来,「自己」(self)という概念は学習者の頭の中(だけ)で形成・発達・変化するものと捉えられがちだが,実際にはまわりの環境(コンテクスト)に大いに影響を受けている。つまり,「自己」は学習者の中だけで完結する概念ではない。Mercerは学習者が存在する過去,現在,そして未来といったコンテクストに適切に位置づけられない限り,彼らの「自己」を意味深く理解することはできないこと,そしてこのような考え方はDSTととても相性が良いことを指摘している。その上で,自身の研究などで用いているネットワークモデルを取り上げ,言語学習者としての「自己」についてブレインストーミングしてもらい,その結果についてインタビュー調査を行い,最終的にはネットワークの形で「自己」と関連を持つ要因を視覚的にまとめていくといった適用例を紹介している(イメージとしては,SPSS Text Analytics for Surveysを用いた分析に類似している)。


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Chan, L. (2016). The dynamic interplay of the ideal self, mental imagery and context: A language learner’s journey of success. In J. King (Ed.), The dynamic interplay between context and the language learner (pp.29-46). New York: Palgrave.


本論は,3年にわたる縦断研究を通じて,博士の学位取得を目指す学生の理想自己,心的イメージ,動機づけと彼を取り巻く学習環境との間に生じるダイナミックな相互作用をDSTの観点から記述・解釈しようとしたもの。データは4度にわたるインタビュー調査の結果を文字化した上で(コーパスの大きさは計17,700ワード),thematic analysisによるコーディングを踏まえて分析している。コーディングプロセスの詳細自体は定かではないが,まわりの環境の影響を受けながら,対象者が理想自己と心的イメージを評価・修正している様子が描き出されている。


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Peng, J. (2016). The context-sensitivity of self-concept and willingness to communicate in the Chinese EFL classroom: A case study. In J. King (Ed.), The dynamic interplay between context and the language learner (pp.84-103). New York: Palgrave.


本論は,7ヵ月にわたる縦断研究を通じて,中国人英語学習者の自己概念やWTCが周りの環境とどのように相互作用しながら変化・発達したかを検討したもの。各セメスターにおけるWTCはわずかに上昇傾向にあったものの,全体としては緩やかな下降傾向が確認されたこと,WTCの変化には教師からのフィードバックや英語の上達度に対する自己評価が影響を与えていたことなどが,インタビューや学習ジャーナルの記述から明らかにされている。動機づけをはじめとした学習者の自己に関わる概念は,多面的で複雑で状況に根差したものであり,とりわけWTCのようなある特定の状況下での判断(意思)が関連する概念を調査する場合には,学習者と学習が行われるコンテクストを統合的に捉えることが大切だということがよく伝わる内容になっている。


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Plonsky, L. (2015). Statistical power, p values, descriptive statistics, and effect sizes: A “back-to-basics” approach to advancing quantitative methods in L2 research. In L. Plonsky (Ed.), Advancing quantitative methods in second language research (pp.23-45). London: Routledge.


帰無仮説に基づく有意差検定の誤用や誤解釈について,(1)unreliable,(2)crude and uninformative,(3)arbitraryといった3つの観点から問題点を指摘した後,検定力,効果量,信頼区間といった記述統計をより深く理解するための考え方について紹介している(検定力については,将来的にあまり参照されなくなる可能性がある)。大切なこと,とりわけp値に振り回されてはいけないことを分かりやすく,かみ砕いて解説しているだけでなく,実際にソフトを使って効果量や信頼区間を算出する方法も紹介しているので,基本的な事柄を理解するには最適の内容になっている。


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LaFlair, G., Egbert, J., & Plonsky, L. (2015). A practical guide to bootstrapping descriptive statistics, correlations, t tests, and ANOVAs. In L. Plonsky (Ed.), Advancing quantitative methods in second language research (pp.46-77). London: Routledge.


サンプルサイズやデータの分布,外れ値の有無によって,一般的に使われるパラメトリックな手法とブートストラッピングを用いた手法で得られる統計的検定の結果は異なるのだろうか。本章では,t検定やANOVAを例に挙げながら,ブートストラッピングの利点とその分析の実際について説明している。応用言語学の分野において,本手法を用いた研究論文はそれほど多くなく,研究テーマによっては有効に活用できる可能性を持つ。本格的に使いたい場合には,(SPSSでは分析の幅が限られているので)Rを勉強する必要あり。


2016年2月

Schepens, J., van der Slik, F., & van Hout, R. (2016). L1 and L2 distance effects in learning L3 Dutch. Language Learning, 66, 224-256.


第三言語の習得にはすでに学んだ第二言語,そして母語である第一言語の影響があることは想像に難くない。一般に,第一言語,第二言語との言語的距離が遠いほど,第三言語の習得は困難になると予想される。本論では,さまざまな制約から実証的に調査することが難しい先述の仮説を,大規模なサンプルサイズ,構成概念の精緻な操作化,多様な統計的分析の利用を通じて検証している。結果として,学習者の第一言語と第三言語における言語的距離(語彙・形態素に限る)は第三言語の熟達度テストにおける成績変動の47.7%,同様に第二言語と第三言語における言語的距離(語彙・形態素に限る)は成績変動の32.4%を説明し,母語である第一言語の方が第三言語習得により大きな影響力を持っている可能性が高いことや,母語が同じであればモノリンガルよりマルチリンガルの方が新しい言語を身につけるのが得意な傾向にあるといったことを指摘している。今後はこういった言語的な側面を取り上げた研究だけでなく,各言語や文化に対する態度や動機づけといった情意的側面にも焦点を当てた研究が増えていくことが期待される。


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Brown, J. D. (2015). Why bother learning advanced quantitative methods in L2 research? In L. Plonsky (Ed.), Advancing quantitative methods in second language research (pp.9-20). London: Routledge.


第二言語研究を行う上で,なぜ,基礎的な量的手法(統計法)だけではなく,より発展的な手法までも学ぶ(学び続ける)必要があるのかについて,その利点とともに欠点(ただし,長い目で見れば利点になり得るとしている)についてもまとめている。例えば,主な利点としては,より精緻な測定が可能になる,帰無仮説に基づく有意差検定の問題点を理解できる,多重比較が伴う問題点(いわゆるタイプIエラー)を避けることができる,検定力を上げることができる,より幅広い視野から対象となる事象を記述・分析できる,など数多くのメリットを挙げており,それぞれがのちに続く各章へのイントロ的な役割を果たしている。


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Denies, K., Yashima, T., & Janssen, R. (2015). Classroom versus societal willingness to communicate: Investigating French as a second language in Flanders. Modern Language Journal, 99, 718-739.


本論は,WTCとそれに影響を与えると想定される要因間の関連を,SEMによる分析を通じて検討したもの。ランダムサンプリングを用いて,1000名以上のフランス語学習者を対象としている点,教室内におけるWTCと教室外における社会的WTCを比較・検討している点,標準化されたリスニングテストをモデルに組み込み,WTCと言語熟達度との関連を検証している点,などが本論の特徴として挙げられる。結果として,教室内WTCは教室外WTCの基盤を成していること,教室内外にかかわらず,有能感の認知はWTCの主要な規定因になっていること,教室内では統合的動機づけが重要な役割を果たしている一方,教室外の自然な学習環境では不安がより重要な役割を果たしていることなどを明らかにしている。少数の対象者を(時には数年にわたって)縦断的に追いかけながら,対象とする事象を質的に深く掘り下げる一方で,本研究のように比較的大きなデータのハンドリングをしながら,サンプルとする対象者の大まかな特性的傾向を描き出す八島先生のバランスが取れた研究姿勢には,いつも頭が下がるばかりです。


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田浦秀幸 (2016). 『科学的トレーニングで英語力は伸ばせる!』東京: マイナビ出版.


英語の学習法について論じたもの。著者自身による研究にも触れながら,脳のレベルでは「生まれる前から」「生まれた直後から」「3歳以降」で言語の処理方法に差があり,ただ闇雲に早期学習にこだわりすぎるのはナンセンスであること,その上で,早期学習よりも効果が期待できる方法として,受験英語で鍛えられる能力(とりわけ文法力)を重視し,それを土台にした4技能別のトレーニング方法を紹介しているのが特徴。「ある単一のメソッドですべてがカバーできるわけではない」(p.43)とし,学習者の適性や学習目的に合った学習の大切さを指摘している。紹介されている学習法に「派手さ」「目新しさ」はあまり見られないが,こういった地道なトレーニングを継続して行うことで,英語力は着実に向上する。


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Cook, V. (2016). Where is the native speaker now? TESOL Quarterly, 50, 186-189.


早くから過剰な「ネイティブ信仰」に対して疑義を唱え,「multicompetence」といった考え方を提唱してきた著者による論考。第二言語使用者はどう頑張っても母語話者には叶わないわけで,母語話者を基準にしてしまうと,いつまで経っても「deficient native speaker」となってしまう。「multicompetence」といった考え方は研究や理論において次第に浸透してきているように思われるが,本当の意味でこの考え方が活かされなければならないのはシラバス,テキスト,テストなどといった教育の場面であろう。


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Horwitz, E. (in press). Reflections on Horwitz (1986), “Preliminary evidence for the validity and reliability of a foreign language anxiety scale”. TESOL Quarterly, 50.


約30年前にMLJに発表された論文(Horwitz, Horwitz, & Cope, 1986),TQに発表された論文(Horwitz, 1986)を回顧的に振り返ったもの。外国語学習者の多く(これまでの研究によれば,全体の30~40%)は言語不安を抱えており,教師はそのことを十分認識する必要があること,言語不安は状況に特化した不安(state anxiety)であり,特性不安(trait anxiety),コミュニケーション不安(communication apprehension),テスト不安(test anxiety)などとは異なること,促進的不安(facilitative anxiety)という考え方は必ずしも適切ではないことなどについて論じている。


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Larsen-Freeman, D. (2010). The dynamic co-adaptation of cognitive and social views: A Complexity Theory perspective. In R. Batstone (Ed.), Sociocognitive perspectives on language use and language learning (pp. 40-53). Oxford: Oxford University Press.


Philp, J., & Mackey, A. (2010). Interaction research: What can socially informed approaches offer to cognitivists (and vice versa)? In R. Batstone (Ed.), Sociocognitive perspectives on language use and language learning (pp. 210-227). Oxford: Oxford University Press.


多くの応用言語学,第二言語習得研究では,言語に関する現象を説明する上で,認知的,あるいは社会(文化)的なアプローチのいずれかを用いる。しかし,言語の使用や言語学習の実態をより詳細に検討しようと思えば,認知的,社会的な要因がどのように相互作用しながら,実際の言語使用や言語学習のプロセスに影響を与えているのかを明らかにする必要がある。Larsen-Freeman(2010)では,認知的アプローチ,社会的アプローチの両者の統合を可能とする新たな「メタ理論」として注目を集めているダイナミックシステム理論が,第二言語習得の認知的側面と社会(文化)的側面をどのように結びつけることができるかについて論じている。一方,Philp & Mackey(2010)では,インタラクションに関する研究を参考に,教室内で起こるインタラクションに学習者がどのように参画しているのかを記述・解釈しながら,社会認知的(sociocognitive)アプローチを利用することの利点を指摘している。


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森島泰則 (2015). 『なぜ外国語を身につけるのは難しいのか:「バイリンガルを科学する」言語心理学』東京: 勁草書房.


本書はバイリンガリズムを中心に据え,言語と認知の関係を分かりやすく解説したもの。取り上げられているトピックは,「外国語を話すと人が変わる?」「バイリンガルは頭がいい?」「なぜ外国語を身につけるのは難しいのか-言語の臨界期と外国語習得」など,どれもこの分野に関心がある読者のみならず,誰しもが気になるトピックばかり。個人的には,バイリンガリズムに関する現象について,ごく最近の研究成果の整理やもう少し突っ込んだ議論を期待していたが,必ずしもバイリンガル自体に焦点を当てている箇所はそれほど多くはないように感じた(著者が,認知心理学を専門とすることに起因するのかもしれない)。いずれにしても,興味深い具体例・エピソードも多数紹介されており,読み物としては楽しく読める一冊になっている。


2016年1月

Pfenninger, S., & Singleton, D. (2016). Affect trumps age: A person-in context relational view of age and motivation in SLA. Second Language Research, 32, 1-35.


先に挙げたSingleton and Munoz(2011)が年齢と第二言語習得の関係,あるいは臨界期(敏感期)仮説を理論的に考察したものだとすれば,本論は同様のテーマをより実証的に調査したもの。本論の特徴的な点は,応用言語学,第二言語習得研究ではまだあまり一般的ではないマルチレベル分析を用いて,EFL環境のスイスで英語を学ぶ中高生200名を対象に縦断調査を行っている点である。調査方法もさまざまなタスクを用いて言語能力を測定・評価しているだけでなく,外国語学習に関するエッセイや動機づけの質問紙などを用い,多角的な観点から学習者の言語面や情意面の発達・変化を調べている。得られた結果は,「早ければ早いほど良い」といった一般に信じられている「常識」に反するものであり,その意味でも注目に値する。EFL環境で学ぶような学習者の場合,早く始めることだけによって学習成果が規定されているわけではなく,それにも増して外国語の使用に関して学習者が有する「future vision」がより重要な役割を果たしていること,さらにそういった態度や動機づけは学習者が置かれる社会環境や学習環境の影響を大きく受けていることを,実際のデータとともに指摘している。本研究は,早期英語教育を考える上でも非常に参考になるだけでなく,今後,EFL環境で学ぶ学習者における年齢の影響を調査していく上で,実際の学習環境(学校や教室といった,学習が行われるコンテクスト)により着目していくことの大切さを示唆するものだと考えられる。


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Singleton, D., & Munoz, C. (2011). Around and beyond the Critical Period Hypothesis. In E. Hinkel (Ed.), Handbook of research in second language teaching and learning: Volume II (pp.407-425). London: Routledge.


臨界期(敏感期)仮説に関する研究の現状についてレビューしたもの。多くの研究から得られる示唆としては,ある一時点を過ぎると言語習得が不可能になるというより,(他の一般的な学習と同様に)習得に必要な能力は年齢とともに「徐々に」減少していくこと,実際の言語習得のプロセスには年齢に加えて(あるいはそれ以上に)多くの要因が影響を与えていること,したがって言語習得はそれが行われる学習環境から切り離して議論することはできないことを指摘している。言語インプットの量といった量的な側面や学習者の学習目的や動機といった質的な側面にも着目した複眼的なアプローチを用いることによって,臨界期仮説に関する研究がより精緻化されていくことが期待される。


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宮地裕・甲斐睦朗 (監修) (2015). 『日本語学2015年11月臨時増刊号([特集] 入門: 第二言語習得研究)』東京: 明治書院.


主として日本語教育に従事する研究者らが第二言語習得研究の現状や課題,研究方法などについて,分かりやすく簡潔にまとめたもの。各章ごとにそれぞれ完結しているので,興味・関心があるトピックだけを拾い読みすることもできる。巻末に掲載されている関連するジャーナルや学会のリスト,研究方法ガイドなども(とりわけ初学者には)役立つ。


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Suzuki, Y., & DeKeyser, R. (2015). Comparing elicited imitation and word monitoring as measures of implicit knowledge. Language Learning, 65, 860-895.


第二言語習得研究の中でも,明示的/暗示的学習のメカニズムを明らかにすると同時に,それらが結果としてどのように明示的/暗示的知識の獲得につながるのかは多くの研究者の関心を集めており,現在でも活発に議論が行われている研究テーマの1つである。これまでの研究では,とりわけ暗示的知識をどのように測定・評価するのかについて,方法論的な問題点が指摘されており,これらの課題を克服することが上記の研究テーマに取り組む上では必要不可欠とされてきた。そのような背景を踏まえ,本論では,暗示的知識の測定に用いられている2つの評価法(具体的には,elicited imitation taskとword monitoring task)に焦点を当て,それらの方法論的な妥当性について検証している。論文の構成が明快で,簡潔で要を得た記述で書かれているため,この分野に精通していない読者にも分かりやすく,論文を書く上でのひな形としても使える内容になっている。


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Goh, C., & Hu, G. (2014). Exploring the relationship between metacognitive awareness and listening performance with questionnaire data. Language Awareness, 23, 255-274.


本論は,第二言語学習者のメタ認知的気づきとリスニング・パフォーマンスとの関連を調査したもの。前者はMALQ(Vandergrift et al., 2006),後者はIELTSのリスニングセクションを利用しており,結果として両者の間に顕著な関連が確認されたこと(メタ認知的気づきだけでリスニング・パフォーマンスにおける分散の約22パーセントを説明)を報告している。調査に使われたMALQを用いた学習活動(生徒同士によるディスカッションなど)によって,目に見えないリスニングプロセスを「可視化」し,学習者がメタ認知の役割を自覚できるような機会を与えることも可能だろう。


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Hulstijn, J., Young, R., Ortega, L., Bigelow, M., DeKeyser, R., Ellis, N., Lantolf, J., Mackey, A., & Talmy, S. (2014). Bridging the gap: Cognitive and social approaches to research in second language learning and teaching. Studies in Second Language Acquisition, 36, 361-421.


本論はSLA研究における認知的アプローチと社会(文化)的アプローチの間にあるギャップをいかにして埋めるかといった課題に対して,多様な立場,視座から考察を行ったもの。構成は(1)哲学と理論構築,(2)データと研究方法,(3)未解決の問題と未着手の研究課題といった3つのパートから成り,それぞれに関して認知的アプローチに立つ研究者による論考,社会(文化)的アプローチに立つ研究者による論考,編集者によるコメントといった計9つの論文が所収されている。ジャーナルに掲載される論文としては極めてユニークであり,テーマの重要さ,執筆陣の豪華さを考えるなら,一読に値するのは間違いない(個人的には,Mackeyの論考に一番共感したが,彼女がこういった考えを持っているというのは意外だった)。


2015年12月

Zheng, Y. (2016). The complex, dynamic development of L2 lexical use: A longitudinal study on Chinese learners of English. System, 56, 40-53.


本論は第二言語学習者の語彙使用(個々の単語,ならびに定型表現)がどのような発達的変化を辿るのか,ダイナミックシステム理論(CDS)の観点から検討したもの。調査は15名の中国人英語学習者を対象に,約10ヵ月の間に計8回にわたって英作文を書いてもらい,その内容を語彙のsophistication,diversity,densityなどの指標に加え,CDSに基づく研究でしばしば利用されるmin-maxグラフやモンテカルロ・シミュレーションなどをもとに分析している。結果として,語彙使用のsophisticationやdiversityには向上が見られた一方,densityにはあまり大きな変化は見られなかったこと,定型表現の使用にはU字型の発達変化が見られたこと,さらに各指標間にはsupportiveとcompetitiveの相互の関係性が確認されたことなどが指摘されている。従来の研究では,このような語彙使用のダイナミックな発達プロセスが詳細に記述・解釈されることは少なく,この点においても縦断的に語彙の発達を調べるにあたって,CDSは有効な枠組みを提供し得ることを示している。


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Norris, J., Ross, S., & Schoonen, R. (2015). Improving second language quantitative research. Language Learning, 65 (Suppl.), 1-8.


Language Learningのサプリメント(特集号)として出版されたもので,テーマは「Improving and Extending Quantitative Reasoning in Second Language Research」。その特集号の巻頭を飾る本論は,第二言語習得研究において量的アプローチを用いた研究の現状と課題を簡潔にまとめたもので,のちに続く各チャプターへの橋渡し的な位置づけとなっている。全体の狙いとしては,「ハウツー」的なものを提示することではなく,その背景にどういった考え方があるかを理解してもらうことを重視して書かれている。各チャプターはほぼすべてが共著になっており,(執筆者らによる)協同的な振り返りが生み出す複眼的思考によって,その成果を最大化させようとする狙いも現れている。


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Tsutsumi, R. (2014). Exploring Japanese university EFL teacher motivation. Journal of Pan-Pacific Association of Applied Linguistics, 18, 121-143.


本論は英語教師の仕事に対する満足度や動機づけがどのような内的要因(例: 自律性,自己成長,所属の欲求),外的要因(例: 給与,昇進,労働環境)に影響を受けているかを調査したもの。先の研究(Tsutsumi, 2013)と同様,さまざまなバックグラウンドを持った英語教師16名を対象とした調査の結果からは,各教師間においてある程度の個人差はみられるものの,多くの教師が学生との良好な関係性や学生の成長,自らの仕事を通じた自己実現に価値を見出していることが明らかとなった。その一方,雇用形態などの労働条件も教師の動機づけに大きな影響を与えることが指摘されている。とりわけ後者は従来,あまり語られることの少なかった側面であり,本論の独自な点を示す部分であると考えられる。


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Tsutsumi, R. (2013). Investigation of EFL teachers’ careers and motivation at universities in Japan. Journal of Pan-Pacific Association of Applied Linguistics, 17, 23-37.


本論は国内の大学に勤務する英語教師が自らの職業に対してどのような点を報酬,あるいは困難だと認識しているのかを調査したもの。性別,教育経験,母語などに関して,さまざまなバックグラウンドを持った英語教師16名を対象に,主として自由記述形式によるアンケート調査を実施し,得られた回答をカテゴリーごとに分類・整理している。結果として,教師の多くは学生から感謝されたり,学生の成長を実感できることによって報酬を得ていると認識していることや,教師としての自律性が保たれたり,より柔軟な授業運営が可能なことが自らの動機づけ向上につながっていることが明らかとなった。教師が学習者の動機づけに強い影響を与えていることは明らかであり,本研究から得られる知見は学術面だけでなく,教育実践に対しても示唆的であると考えられる。


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McGonigal, K. (2015). The upside of stress: Why stress is good for you, and how to get good at it. New York: Avery.


著者によれば,ストレスとは悪いもの,害のあるもの,避けるべきもの,という考え方は間違っており,世の中にはどこにでもストレスが存在し,ストレスがないことは逆にストレスになりかねないこと(本書の中では「ストレス・パラドクス」と呼ばれている),大切なことはストレスに対していかにバランスのとれた見方,考え方ができるようになるかということだという。


世の中で,意味のあること,価値のあることをやろうとすると,たいていしんどくて,ストレスを感じてしまう。ただ,本書を読むと,それはごく当たり前のことであり,ストレスを避けるのではなく,受け入れてうまく利用しながら付き合っていくことで,逆に力に変えることができるということが(豊富な具体例やエピソードが紹介されているおかげで)よく分かる。読後,元気になれる本。


ちなみに,著者によるTEDでのプレゼンはこちら


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藤田裕子 (2014). 「自律性を高める教育的介入の効果-自律性の高まった日本語学習者の事例研究から-」『Obirin today: 教育の現場から』14, 59-74.


日本語学習に対して自律的な取り組みを促すような活動を取り入れた授業実践を行い,その効果を自律性と動機づけの関係から調査したもの。自律性が最も高まった学習者の動機づけの変化と,その学習者が授業をどのように捉えていたのか,また何が自律性を高めたのかについて,PAC分析を用いた質的調査の観点から検討している。分析の結果,対象となった留学生の日本語学習に対する自律性は,チャレンジ精神や自身の能力を伸ばしたいという強い意志,自律学習の成果を発表する場,良い刺激となる友人の存在などに影響を受けながら高まっていたことが示唆された。


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藤田裕子 (2015). 「学習者の内発的動機づけはなぜ高まったのか-PAC分析によるケーススタディからの考察」『桜美林言語教育論叢』11, 65-78.


日本語を学ぶ学習者の内発的動機づけを高めることを目的とした授業実践を行い,その効果をPAC分析により検証したもの。より具体的には,3つの心理的欲求(自律性,有能性,関係性)を満たすことを意図した学習活動を半期間(15週間)にわたって行い,その前後において心理的欲求,動機づけを測定する質問紙調査を行った。そこで,有能性の欲求に変化が見られなかったにもかかわらず,内発的動機づけのプラス変化が最も大きかった学習者を特定し,インタビューを中心とした質的な分析を通じてその原因・理由を分析している。


2015年11月

中室牧子 (2015). 『「学力」の経済学』 東京: ディスカヴァー・トゥエンティワン.


「学力」を中心とした教育に関する身近で興味深いトピック(例: 子どもを“褒美”で釣ってはいけないのか?)を経済学で頻繁に用いられる概念を使って分かりやすく説明したもの。例えば,「テストでよい点を取ればご褒美」と「本を読んだらご褒美」ではどちらが効果的かといった疑問に対して,「教育生産関数」という概念を使ってエビデンス(データ)に基づいた解答を提示している。ちなみに「教育生産関数」とは別名,「インプット・アウトプットアプローチ」とも呼ばれるもので,この枠組みに基づけば,テストの点数や成績などのアウトプットよりも,授業時間や宿題などのインプットに褒美を与える方がより効果的だと言える。なぜなら,インプットに対して褒美が与えられる場合,児童・生徒にとって何をすべきかは明確な一方,アウトプットの場合は必ずしも明確ではなく,何をすべきか具体的な方法は分からない,つまり,アウトプットに対して褒美が与えられる場合は,どうすれば成績を上げられるのか,具体的な勉強の仕方(学習方法)を学ぶ/教える必要がある。


近年は,多くの場面で「科学的な根拠・データに基づく」といったフレーズが頻繁に使われるようになっている。英語教育の分野も例外ではなく,「日本人と英語」にまつわる通説を種々のデータを使って詳細に検証した寺沢(2015)などはその典型だと思われる。経済学の概念を学び利用することで,世の中の経済に関わる問題がすべて解決することはないのと同様に,「教育にエビデンスを!」といった議論によって,英語教育に関するすべての問題が解決するわけではないだろう。ただし,過去の成功や失敗から学ぼうとした時に,なぜそのような結果が得られたのか,より説得力のある説明を与えてくれる可能性をこういったアプローチは秘めている。


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Dörnyei, Z. (1997). Psychological processes in cooperative language learning: Group dynamics and motivation. Modern Language Journal, 81, 482-493.


協同学習のどういった側面が効果的な学習につながるのか,心理学的な観点(主として,グループダイナミックスと動機づけ)から考察したもの。ペア,グループワークが多用される近年の英語授業において,どういったポイントに注意したらより実りの多い活動が実践できるのか,具体的なヒントが得られる内容になっている。


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Crandall, J. (1999). Cooperative language learning and affective factors. In J. Arnold (Ed.), Affect in language learning (pp.226-245). Cambridge: Cambridge University Press.


協同学習の特徴,伝統的な協同学習の形態(例: Think / Pair / Share, Group investigation, Roundtable)などについて紹介した後,外国語学習において,なぜ協同学習を行う必要があるのか,その理論的背景や意義,課題等について簡潔にまとめている。


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土屋廣幸 (2015). 『性格はどのようにして決まるのか: 遺伝子,環境,エピジェネティクス』 東京: 新曜社.


読者層として,医学や生物学あたりを専攻している(していた)方を想定していると思われる部分もあるが,性格の発現が遺伝子,環境,両者の相互作用(エピジェネティクス)によってどのように規定されているのか,豊富な研究例と具体的な説明とともに論じられている。


例えば,ヒトの身長は80~90%遺伝で決まること,ただし身長を決める遺伝子は数千個以上ある。つまり,このような遺伝子の「組み合わせ」によって,身長は決まってくるため,実際に身長のバラつきを(統計的に)説明しようとすると,それほど高い割合を説明することはできなくなる。ここに環境やエピジェネティクスの果たす役割がある。


近年の研究では,運動は脳の可塑性を高めたり,食事内容は脳と行動に影響することもわかっている。ヒトゲノム計画を完成させた中心人物であるコリンズは,「確かに私たちは親から一組のトランプカードを配られている。そして,そのカードの内訳はいずれ明らかにされる。しかし,そのカードを用いてどのように勝負するかは,私たち次第だ」と述べている。性格はまわりの環境との相互作用を経験しながら,まさにダイナミックに発達していく。


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Poupore, G. (in press). Measuring group work dynamics and its relation with L2 learners task motivation and language production. Language Teaching Research, 19.


コミュニケーション活動を重視した英語授業が盛んになる一方,ペアやグループで行われる活動の“中身”自体に焦点を当てた研究はそれほど多くない。本論は,グループワークの中で生じるダイナミクスを測定する方法を考案し,それによってgroup work dynamic(GWD; グループ内に存在するsocial climateとも言い換えられている)と学習者の状態レベルの動機づけ(state motivation),実際に発話された言語量との関係を調査したもの。対象となったのは,韓国の大学でTESOL取得プログラムに所属する大学生10名であり,スピーキング授業で行われたタスク(計30)がビデオ録画され,タスク活動中に発せられた言語/非言語(アイコンタクト,頷きなど)行動はすべて文字化された。そのデータとタスク後に行われた動機づけ調査との関連を調査した結果からは,GWDとタスクに対する動機づけ,ならびに発話量との間に有意な相関が確認された。とりわけ,非言語に関する行動はGWDを形成し,学習者のタスクに対する取り組みに大きな影響を与えていることが明らかとなった。本研究の結果から,ペア/グループ活動において,実際にどのようなことが行われているかに注目することの重要性(学術面),ならびに教室内において肯定的なグループダイナミクスを形成していくことの重要性(教育面)が改めて示唆される。


2015年10月

今井宏 (2015). 『さあ,音読だ-4技能を伸ばす英語学習法』 東京: 東進ブックス.


予備校で20年以上にわたって活躍する著者によるもの。音読の重要性を説くのが本書の目的の1つだと思われるが,さまざまな音読の方法だけでなく,英語の勉強法一般に対する著者の考え方が分かりやすく,説得力を持った形で紹介されている。学習方法が学べるだけでなく,やる気も高まる一冊(主たる読者層は,おそらく高校,予備校,大学生)。


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Skehan, P. (2015). Foreign language aptitude and its relationship with grammar: A critical overview. Applied Linguistics, 36, 367-384.


本論は,言語適性の構成要素や測定方法について簡潔にまとめた上で,適性と文法学習との関連を検討している。具体的には,異なったタイプの指導形態やフィードバックの効果,あるいは敏感期といった現象が適性とどのように関わっているかを明らかにすることで,言語適性に関する理解を深めるだけでなく,第二言語習得のプロセスに適性がどのように関連付けられるかを理論実証的に考察している。


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三上仁志 (2015). 「留学環境での言語学習を研究対象とする際に注意すべきいくつかのこと-効率的な調査をおこなうために-」 『外国語教育メディア学会 (LET) 関西支部 メソドロジー研究部会報告論集』 第7号, 15-24.


本論は,留学環境での言語学習(言語習得)について調査・研究を行う際に留意すべきポイントをまとめたもの。とりわけ,必要となる調査期間,収集すべきデータの種類に焦点をあて,具体的な提案(例えば,調査対象が動機づけなどの「心的特性」である場合は2ヵ月程度,調査対象が「言語能力」である場合は4~6ヵ月程度以上の留学を対象とすべき,など)を行っている。


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バトラー後藤裕子 (2015). 『英語学習は早いほど良いのか』 東京: 岩波書店.


「第二言語習得において臨界期は存在するのか?」は,これまでの第二言語習得研究の中でもっとも激しい論争が繰り広げられてきたトピックの1つであろう。その結論については,いまだ確固とした合意は得られていない(というのが私の理解だ)が,年齢が習得の成否に大きな影響を与えるということは定説となりつつある。たしかに,海外赴任を命じられた父親が家族とともに英語圏へ渡った際,子どもたちは小学校の友達とすぐに仲良くなり,英語を使って楽しそうに生活している一方,両親は半年や一年を過ぎてもなかなか英語が耳に入ってこない(子どもたちの会話すら理解できない)といったことも珍しくないだろう。こういった経験がある人なら,ますます「英語を学ぶなら,早い方が良い」と考えるはずだ。


本書は,そのような「早く始めるほど良い」といった考え(神話?)が,学問的にどれほど妥当性を持つものかを最新の研究成果に照らし合わせながら解説したもの。そこからは,言語習得の開始年齢と言語能力の関係を議論することはそれほど簡単ではないこと,インプットが豊富に得られる第二言語環境と,日本のような外国語環境との違いを十分に認識する必要があることなどが分かる。暗示的な学習(implicit learning)を得意とする子どもの特性を発揮するためには,大量のインプットが必要となる。このような状況を外国語環境で作り出すことは容易ではないが,限られた学習時間の中で一定の効果を上げるためには,「インプットの充実」と「動機づけ」が重要だと,著者は指摘する。たしかに,目的(WHY)が定まらなければ,学習には身が入らないだろう。具体的な目標をイメージできれば,動機づけは自ずと高まるはずである。同時に,インプットの量と質を最大化することも重要になるが,このことを考える際,近年の第二言語習得研究の成果は多くのヒントを与えてくれるように思う。


2015年9月

内藤哲雄 (2002). 『PAC分析実施法入門 [改訂版]:「個」を科学する新技法への招待』 東京: ナカニシヤ出版.


本書は著者が開発・実践するPAC分析(PACとはPersonal Attitude Constructの略称; 個人的態度構造)の概要を説明するとともに,そのような分析手法を用いて行われた2つの研究例を紹介したもの。PAC分析を一言で言えば,「個」を分析するために量的手法と質的手法を1つの研究の枠組みの中で統合させた新しいアプローチであり,その大まかな手順は(1)当該テーマに関する被験者の自由連想,(2)連想項目間の類似度評定,(3)類似度距離行列によるクラスター分析,(4)被験者当人によるクラスター構造の解釈,を通じて,個人別に特定の事象に対する態度構造を分析する方法である。


本アプローチの特徴は,「被験者ただ一人による繰り返しなしの平均値も分散もないデータに基づき,測定時点での被験者に特有な態度構造を数量的に解釈できる」(p.86)点にある。被験者自身にも連想・評定とデータの解釈作業に積極的に関わってもらい,その成果が研究結果に直接的に反映されるというのは,従来の研究とは大きく異なる。本書だけでは実際にPAC分析を行うイメージが沸きにくいかもしれないが,別に出版されている『PAC分析研究・実践集(1),(2)』(ナカニシヤ出版,2008, 2011)をあわせて読めば,実施の手順と留意点についてより理解が深まると思われる。


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McLoughlin, D. (2012). Attribution theory as an advising tool. In J. Mynard & L. Carson (Eds.), Advising in language learning: Dialogue, tools and context (pp. 153-165). Harlow: Longman. UK.


本論は,原因帰属理論から得られる知見が学習アドバイジングにいかに利用できるかを検討したもの。英語学習における学習アドバイジング(あるいは,学習カウンセリングとも呼ばれる)とは,学習者が英語の学び方を身につけ,自律した学び手になっていくのを助けることを目的としたものであり,近年は外国語(英語)教育関係者の間でも注目を集めている。人はうまく行った,あるいは失敗したとき,自然とその原因を探すクセがある。原因帰属理論では古くからこの現象に関心を持ってきた。その理由は,原因を何に求めるかによって,その後の動機づけや行動が大きく左右されるからである。例えば,失敗の原因を「能力」(内的で統制不可能なもの)に帰属させてしまうと,「自分は頑張ってもダメなんだ」と学習性無力感に陥ってしまう恐れがあるのに対して,その原因を「努力」(内的で統制可能なもの)に帰属できれば,のちの行動が改善されることも十分にあり得る。本研究は,学習者との対話を通じた学習アドバイジングにより,学習者が自らの弱点を見つけ,英語や英語学習者としての自分に対する信念(ビリーフ)をより適応的なものに変えていくことを支援できる可能性を示唆しており,学習者の個人差に応じた指導実践に対して,有益な知見を提供するものと考えられる。


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Valdivia, S., McLoughlin, D., & Mynard, J. (2012). The portfolio: A practical tool for advising language learners in a self-access centre in Mexico. In J. Mynard & L. Carson (Eds.), Advising in language learning: Dialogue, tools and context (pp. 207-212). Harlow: Longman. UK.


本研究は,メキシコのある大学におけるセルフアクセスセンターでの指導実践を事例として用い,学習アドバイジングを実施する際にポートフォリオがいかに有効に活用できるかを論じたもの。ポートフォリオとは学習者が自らの学習目標を定め,計画を立て,実行し,その評価を行うためのツールだが,こういったツールを活用することにより,英語学習の継続性を維持し,結果として学習者オートノミーの促進をサポートできると考えられている。本論では,ポートフォリオを学習アドバイジングの事前・事中・事後に用いることにより,学習者が自らの学習プロセスをより主体的に振り返ることができること,ポートフォリオによって学習アドバイジング時のディスカッションがより活性化されること,などといった利点とともに,学習アドバイザーが懸念される問題を事前に対処し過ぎると,学習者はアドバイザーに頼り過ぎてしまうようになることなど課題についても指摘されている。実際に学習アドバイジングを行おうと考えている教師は,多くの具体的ヒントが得られる論文だと考えられる。


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白畑知彦 (2015). 『英語指導における効果的な誤り訂正-第二言語習得の見地から』 東京: 大修館書店.


第二言語習得のプロセスにおいて,学習者が誤りをすることは自然なことだが,そのような誤りに対して私たち教師はどのように対処すればよいのだろうか。本書は日本語を母語として,教室環境で英語を学習する学習者を対象として,明示的な文法指導の効果を実験的手法を用いて検証している。一連の実験から得られた結論は,明示的な指導や修正フィードバックが効果的な領域(例えば,語彙的な意味の伝達を主とする項目)とそうでない領域(例えば,文法的な機能を伝えることを主とする項目,母語に類似した概念がない項目)があること,さらにそのような指導の効果には学習者の年齢や認知能力/分析能力,英語の習熟度なども影響を与えてくることが明らかとなった。また,そのような実験結果に基づき,効果的な文法指導のあり方について仮説を立て,実際に効果が期待できる指導法の私案を提案している。本書には,各章内にとてもいいタイミングで「まとめ」的な段落があるなど,読んでいても内容についていきやすい「メタ」的な工夫が随所に設けられており,背景知識のない初学者にとっても分かりやすい構成になっている。


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Henry, A., Davydenko, S., & Dörnyei, Z. (2015). The anatomy of Directed Motivational Currents: Exploring intense and enduring periods of L2 motivation. Modern Language Journal, 99, 329-345.


著者らが提案する新しい動機づけ概念であるDirected Motivational Currents(DMCs)について,21名のL2学習者を対象とするインタビュー(さらにDMCに特徴的に見られる条件を満たした3名の学習者を対象とする2度目のより詳細なインタビュー)の結果から,DMC概念の妥当性を実証的に調査したもの。最近の著者ら一連の研究グループは,次から次へと矢継ぎ早に新しい考え方や理論を提案している。「チョムスキーも同じことをやってましたよね」(Dörnyei談)とは言うものの,分野自体の健全な発展にはつながっていないような気もする。今回のDMCsもGardnerらの一連の研究の方がより洗練されているし,5~10年後ぐらいにはあまり参照されなくなっている概念のように思える。


2015年8月

Dörnyei. Z., & Ryan, S. (2015). The psychology of the language learner revisited. New York: Routledge.


本書は2005年に出版されたDörnyei (2005). The psychology of the language learner: Individual differences in second language acquisition. の改訂版。初版以降に発表された研究も数多く紹介されており,文字通り“revisited”の名に相応しい,単なる改訂版以上の内容になっている。


著者らの専門である動機づけの章では,これまでのL2動機づけ研究を3つのフェーズ(socio-psychological, cognitive-situated, socio-dynamic)に分けて解説した後,2005年以降に発表された動機づけ関連の論文をレビューし,研究の現状,新たな潮流,今後の展望等についてまとめている。レビューからは,動機づけ研究のアウトプットの量はかなりのペースで増加していること,理論的な枠組みとしては「L2 motivational self system」を利用しているものが多く(約3分の1),近年は「imagination」や「vision」といった観点からの研究も増えていること,一方で多くの研究はいまだに動機づけ特性を「動画」ではなく「静止画」のように捉えていること,したがってそのような課題を克服するために,とりわけここ数年は「complex dynamic system」といった新たなアプローチによる動機づけ研究が増えていることを指摘している。全体として,学習者要因に関する膨大な研究に圧倒されそうな印象を受ける一方,個人的にはこの本を読んでも「結局,個人差の研究って何?」という感は否めない。


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Hamada, Y. (2015). Shadowing: Who benefits and how? Uncovering a booming EFL teaching technique for listening comprehension. Language Teaching Research, 19, 1-19.


本論は,日本人大学生を対象にシャドーイングの学習効果を検証したもの。先行研究における課題を踏まえ,シャドーイングが学習者の音素認識力やリスニングの聴解力を向上させるのか,さらにその効果に学習者の熟達度がどのように関連しているのかをプレ-ポスト調査によって調べている。


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Gawain, S. (2002). Creative visualization: Use the power of your imagination to create what you want in your life (Revised edition). Novato, CA: New World Library.


本書は「creative visualization」とは何か,どういった効果があるのか,どのように実践するのか,などについて分かりやすい英語(高校の教科書レベル)で書かれたもの。具体的なイメージを持つことや,そのイメージが実現可能なものと信じることは,のちの行動に対して(私たちが思う以上に)大きな影響を与える。動機づけ研究に照らし合わせて言うと,具体的な目標(ゴール)をイメージすることで現状とのギャップを認識でき,そのような認識がギャップを埋めようとする欲求(動機づけの向上)やどういった行動が必要なのか(方法論への意識)につながる。本書はそのようなイメージ化,意識化を実践する上でのヒントが数多く得られる,単なる自己啓発書以上の内容になっている。


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Woodrow, L. (2014). Writing about quantitative research in applied linguistics. New York, NY: Palgrave Macmillan.


量的アプローチに基づいた論文を書く時に気を付けるべきポイントを,一般的なジャーナルに投稿する場合,学位論文を執筆する場合の双方からそれぞれ豊富な具体的を挙げながら解説している。本書の前半はリサーチデザイン,信頼性・妥当性,記述統計のまとめ方,後半は推測統計に関する代表的な手法(t検定,ANOVA,回帰,相関,SEMなど)を取り上げ,それぞれについて結果の記載方法を中心に簡潔にまとめている。この一冊を読めば,量的アプローチに基づいた論文のまとめ方の大まかなイメージは掴めるものと思われる。


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Valdivia, S., McLoughlin, D., & Mynard, J. (2011). The importance of affective factors in self-access language learning courses. SiSAL Journal, 2, 91-96.


本論は,学習者の自律的な学びにおいて,いかに情意的な要因が重要な役割を果たすかを検討したもの。外国語(英語)の習得にはそれ相応の時間が必要になるが,そのような時間を授業内だけで確保することは容易ではない。したがって,授業外において,学習者が自律的に学習に取り組むことが求められるが,そこにおいて情意的要因が大いに関係してくる。すなわち,動機づけを維持したり,不安に対処したりということは,自律学習を成功に導く上での必須条件ともなり得る。そのような問題意識に基づき,本論では国内外2か所のセルフアクセスセンターにおいて,実際に学習者の情意的要因を重視して行った指導実践の概要を報告している。例えば,日本の大学で行われた実践では,何をなぜ,どのように学ぶのか,自ら学習目標を立て,それを実行し,その成果を自己評価するといったような一般的なセルフアクセスでの指導に加え,情意的要因の重要性について明示的に伝える,動機づけを維持したり不安を軽くしたりといった情意ストラテジーを指導する,学習アドバイザーが毎週の課題に対して書面でのコメントを与える,といった具体的な実践内容を紹介している。学習者の自律的な学びを促したいと考える教師にとっては,示唆に富む論文だと考えられる。


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McLoughlin, D., & Mynard, J. (2009). An analysis of higher-order thinking in online discussions. Innovations in Education and Teaching International, 46, 147-160.


本論は,学習者の高次思考能力(あるいはメタ認知能力とも呼ばれる)を伸ばすことを意図して行われたオンライン・ディスカッションの概要とその効果について検討したもの。調査では,約20週間にわたる通常の英語授業にオンラインによるディスカッションを取り入れ,そこに残されたログの分析から学習者の学びの実態を明らかにしようとした。参加者が投稿したログはGarrisonらによって提案された批判的思考の枠組みに基づき,分類・解釈された。分析の結果からは,学習者が特定の問題について考察を深め,考えを統合し,そこから新たな意味を構築するというように,高次思考能力を高めていくプロセスを確認することができた。また,オンライン・ディスカッションには,意見を発表する前に考える時間があること,人前で話す不安を感じないですむことなどの利点があることも指摘されている。日本人英語学習者のなかには自分のことを内気で,人前で話すことが苦手だと認識している学習者が少なくない。このような学習者にとっては,通常の授業活動にオンラインによるディスカッションを組み合わせることで,学習効果をより高められる可能性があることを示唆する論文だと考えられる。


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Tavakoli, P., Campbell, C., & Mccormack, J. (in press). Development of speech fluency over a short period of time: Effects of pedagogic intervention. TESOL Quarterly, 49.


本研究は4週間という比較的短期の教育介入が,L2学習者のスピーキングの流暢さに与える影響を検討したもの。4週間にわたって,統制群には一般的なスピーキング+リスニング能力の向上を目的とした指導を行い,実験群には先述した指導に加え,意識高揚を目的としたタスク,ならびにスピーキングの流暢さを高めることを目的とした方略指導を行い,両群における発達的変化をプレ-ポストテストにより調査した。本研究は第二言語環境下で行われたものだが,実験の結果から教室外での豊富なインプットやインタラクションの機会に加え,教室内で意識高揚タスクや方略指導を組み合わせることで,学習者の流暢さの発達をより促進できる可能性があることを指摘している。


2015年7月

Vandergrift, L., & Baker, S. (2015). Learner variables in second language listening comprehension: An exploratory path analysis. Language Learning, 65, 390-416.


第二言語におけるリスニング能力の発達に影響を与える要因について探索的に調査したもの。具体的には,L1のリスニング能力,L1の語彙知識,L2の語彙知識,音声識別力,メタ認知的気づき,ワーキングメモリといった各要因がどのような関連を持ちながら,L2のリスニング能力に影響を与えているかをパス解析により検討している。結果として,最初は音声識別力やワーキングメモリといった(言語に特有なスキルではなく)より一般的なスキルの役割が大きく,ついでL1やL2の語彙知識といった言語に特有なスキルが重要な役割を果たし,最終的にL2のリスニング能力を規定しているという暫定的なモデルが採択された。これまでの研究でも,L2のリスニング能力を予測する上でL1やL2の語彙知識(とりわけL2の語彙知識)が重要なことは繰り返し指摘されているが,本研究からはそのような語彙知識の習得にはより一般的な言語適性が強い影響を与えていることが示唆される。このような結果は言語処理に見られる認知プロセス(例えば,Gass, 1997, 2013)に照らし合わせても妥当なものと思われる。


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Cumming, G. (2014). The new statistics: Why and how. Psychological Science, 25, 7-29.


研究を行う上で気を付けるべき心理統計上の留意点についてまとめたもの。効果量,信頼区間,メタ分析といった考え方を取り入れることで,どのように現状の問題点や課題が改善されるかを具体的に解説している。


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矢守克也 (2015). 「量的データの質的分析-質問紙調査を事例として」『質的心理学研究』第14号, 166-181.


質的研究と量的研究の「緊張感ある融合」「効果的な併用」を実現するための1つの試みとして,質問紙調査を事例とした質・量のコラボレーションについて検討したもの。量的なアプローチで得られたデータに対して,質的な視点を重視した分析(例えば,回答の実存的意味を考えたり,調査拒否/非協力的回答などに見られる潜在的コミュニケーションの意味を考えたりする)を行うことで,両アプローチのより有機的なコラボレーションが可能になることを指摘している。


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Grey, S., Serafini, E., Cox, J., & Sanz, C. (2015). The role of individual differences in the study abroad context: Cognitive capacity and language development during short-term intensive language exposure. Modern Language Journal, 99, 137-157.


近年,アメリカで行われたある調査では,2011-2012に留学した大学生のうち,約6割は8週間以下の短期プログラムへの参加であったことが報告されている。本研究では,このような短期プログラムへの参加が学習者の(スピーキングにおける流暢さではなく)文法や語彙的な側面に与える影響,ならびにその発達変化と学習者の認知能力(主としてワーキングメモリ)との関連を検討している。研究の結果,本調査で対象となった5週間のプログラムに参加した学習者には,文法や語彙に関して明らかな発達が確認された(5週間でも言語的な発達は十分見られた)一方,それらの発達と学習者の認知能力の個人差とは明確な関係性が見られなかったことを指摘している。


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西條剛央 (2015). 『チームの力-構造構成主義による”新”組織論』 東京: ちくま新書.


チームがうまく機能するためには,置かれた状況と目的に応じて,適切な方法や手段をとれること。そういった柔軟な思考様式,行動様式をリーダーはもとより,チームの1人ひとりが持てることが大切。


本書が基盤とする構造構成主義の特徴の1つでもある「状況と目的に応じて方法論は立ち上がってくる」という考え方には強く同感。このアプローチをより具体化させた実践例を知りたければ,同じ著者の手による『人を助けるすんごい仕組み-ボランティア経験のない僕が,日本最大級の支援組織をどうつくったのか』(西條, 2012)が参考になる。


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Thompson, A., & Vasquez, C. (2015). Exploring motivational profiles through language learning narratives. Modern Language Journal, 99, 158-174.


Dörnyei(2009)の"L2 motivational self system"を基盤として,3人の外国語教師に対するインタビューを分析したもの。結果として,3人のナラティブからは現在のself systemは'I'と'other'の関係を過小評価していること,言い換えれば,外国語学習動機における自己とコンテクストの間に見られる相互作用を十分に捉えきれていないことを指摘している。最近の動機づけ研究ではナラティブの重要性に注目が集まっており,今後は類似した研究が増えていくと思われる。


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Norris, J., Plonsky, L., Ross, S., & Schoonen, R. (2015). Guidelines for reporting quantitative methods and results in primary research. Language Learning, 65, 470-476.


量的手法を用いた研究論文を執筆するにあたって注意すべき事柄を「ガイドライン」としてまとめたもの。本論ではとりわけMethodとResultsのセクションに焦点をあて,それぞれのセクションで必要最低限,どういった内容のことを報告しなければいけないかについて簡潔にまとめている。本論で扱われている事柄を確認することは,論文の他のセクション,例えばIntroductionやDiscussion,Conclusionなどを執筆する際にどういった点に気を付ける必要があるかを考えるきっかけにもなると思われる。


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Lee, N. (2008). Second language teacher motivation: An exploration into classroom strategies. OnCUE Journal, 2, 133-144.


第二言語教師の動機づけを内的要因と外的要因の観点から整理した後,教師の動機づけを高める4つの方略(学習者の動機づけ向上,仕事への積極的態度,学生との良好な関係維持,研修への継続的な参加)を紹介している。それほど新しい視点が提示されているわけではないが,レビュー論文的な位置づけとして参照できる。


2015年6月

Munezane, Y. (2015). Enhancing willingness to communicate: Relative effects of visualization and goal setting. Modern Language Journal, 99, 175-191.


本研究は日本人の大学生EFL学習者を対象に,目標設定(goal setting)と視覚化(visualization)に関する教育的介入が彼らのWTCに与える影響を縦断的に調査したもの。Zimmerman(1998)におけるSelf-Regulated Learning,Dörnyei(2005)におけるIdeal L2 Selfを理論的基盤とし,3つのグループ(実験群1-視覚化あり,実験群2-目標設定+視覚化あり,統制群)を設けた介入を約15週間にわたって実施した。3グループ間における介入の効果を比較したところ,視覚化だけのグループにはWTCの向上がそれほど見られなかった一方,目標設定+視覚化のグループには他の2グループよりも有意なWTCの向上が確認された。このことから,実際のコミュニケーションに踏み出す意図を形成するには,ややもすれば抽象的になりがちな理想の自己像をイメージするだけでなく,より具体的な学習目標の設定が不可欠なことが示唆される。


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廣政愁一 (2014). 『勉強がしたくてたまらなくなる本』 東京: 講談社.


どうしたら勉強をするやる気が出て,そのやる気が継続できるかを具体例を挙げながらまとめたもの。これまでの何気ない習慣や計画の立て方,意識を変えることで勉強がしたくなる仕組みを作ることが大切。何か新しいこと(勉強)を始めるには何かを意識的に「差し出す」(捨てる)覚悟をすること,計画が狂ってしまった時は挫折や失敗ではなく「先延ばし」と考えることなど,認識のクセを変えることで学習動機だけでなく,学習方法(学習方略)への意識も高めることができる。


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Lowie, W., & Verspoor, M. (2015). Variability and variation in second language acquisition orders: A dynamic reevaluation. Language Learning, 65, 63-88.


これまでの文法形態素の発達順序に関する研究の問題点や課題を指摘した上で,それらを克服する新たな方法論としてダイナミックシステムアプローチの考え方を紹介している。SLAに関するほぼすべての研究課題が時間の経過に伴う学習者の言語発達を扱うものであること,その発達プロセスは本質的に個々の学習者に固有のものであることを考えると,論理的な帰結として,集団レベルで一般化される変化・発達パタンを個々の学習者の実際の発達プロセスに当てはめることはできないことがよくわかる。学習者要因に関する研究を行う際には,このことはより重要な意味を持ってくる。


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大場浩正 (2015). 「協同学習に基づく英語コミュニケーション活動が英語学習意欲や態度に及ぼす影響:テキストマイニングによる分析」『上越教育大学研究紀要』 第34巻, 177-186.


本論は大場(2013)に基づき,先の調査で得られた英語コミュニケーション活動とピア・フィードバック活動に対する自由記述アンケートの回答を,テキストマイニングの手法(具体的にはSPSS Text Analysis for Surveysを利用)により分析したもの。結果として,協同学習の原理を取り入れた学習者グループはそれでないグループと比べ,英語への学習意欲や自己効力感がより高まっていたことを示す記述が多く得られたことを報告している。


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Guay, F., Ratelle, C., Roy, A., & Litalien, D. (2010). Academic self-concept, autonomous academic motivation, and academic achievement: Mediating and additive effects. Learning and Individual Differences, 20, 644-653.


勉強場面における自己概念(self-concept),動機づけ,学業達成の関連を2時点の縦断データを用い,SEMによって分析したもの。結果として,動機づけが自己概念と学業達成の関係を媒介するモデルがもっとも当てはまりが良いものとして採択され,自己決定理論ならびに自己概念理論の観点から結果の解釈が行われている。


2015年5月

Taylor, G., Jungert, T., Mageau, G., Schattke, K., Dedic, H., Rosenfield, S., & Koestner, R. (2014). A self-determination theory approach to predicting school achievement over time: the unique role of intrinsic motivation. Contemporary Educational Psychology, 39, 342-358.


学校での学業達成において,動機づけが重要な役割を果たしていることについて異論を唱える教師や親は少ないだろう。その一方で,どのタイプの動機づけ,具体的には内発的動機づけ,外発的動機づけ,あるいは内発的/外発的動機づけの組み合わせのうち,どれがより重要な役割を果たしているのかについては必ずしも合意が得られているわけではないし,一貫した研究結果が得られているわけでもない。本研究は多くの異なった学校環境や文化圏で行われた横断/縦断研究の結果をメタ分析した結果などを踏まえ,内発的動機づけが高大における学業達成と一貫して正の関連を示したことを報告している。


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Silvia, P. J. (2015). Write it up: Practical strategies for writing and publishing journal articles. Washington, DC: American Psychological Association.


「どうしたら良い論文が書けるのか?」といった疑問に対して,より実践的な観点から答えようとしたもの。本書の根底にあるのは「Academics should write to make an impact, not just to get something published.」といった考え方。IMRAD型の論文を書く際に気を付けるべきポイントが,豊富な具体例とともにわかりやすく紹介されている。欲を言えば,前著(How to write a lot)のように,もう少し短くコンパクトにまとめてほしかったような気はする。


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田坂広志 (2010). 『まず,世界観を変えよ: 複雑系のマネジメント』 東京: 英治出版.


最近,多方面で注目を集めている「複雑系」について,本書ではただ単に「複雑系とは何か?」といった説明に終始するのではなく,「複雑系は何の役に立つのか?」といった点に焦点を当てて書かれている。対象とするフィールドとしては「経営」が念頭に置かれているが,内容的には英語教育にも十分に参考になる。「複雑系」自体に焦点を当てた書籍としては,『複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する』(ニール・ジョンソン(著),阪本芳久(訳), 2011)がお薦め。


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Griffiths, C., & Inceçay, G. (in press). Styles and style-stretching: How are they related to successful learning? Journal of Psycholinguistic Research, 44.


トルコの大学生英語学習者106名を対象に,学習スタイルの拡張(style-stretching)と効果的な英語学習との関連を調査している。学習スタイルに関する質問紙と4技能を含む英語テストに基づく調査の結果,高い学習成果を上げている学習者はより折衷的な学習スタイルを用いていること,言い換えれば状況に応じて多様なスタイルを柔軟に使い分けていること,反対に低い学習成果に留まっている学習者は限られた範囲のスタイルのみに偏った学習をしていたことを報告している。従来,学習スタイルを柔軟に変えられることの重要性は繰り返し指摘されてきた。例えば,Little & Singleton(1990)では学習スタイルは順応性があり,経験や訓練によってさまざまなスタイルに適応できるようになること,Dörnyei(2005)では幅広いスタイルで柔軟に学習に取り組める学習者は,より効果的に学ぶことができる傾向にあることを指摘しているが,本論のように実際にそのような主張の真偽を検討した研究は数少ない(ただし,本研究自体にも改善すべき点はいくつか残されている)。


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Cohen, A., & Griffiths, C. (2015). Revisiting LLS research 40 years later. TESOL Quarterly, 49, 414-429.


Rubin(1975)の研究から30年が経ったときには,それまでの研究成果をまとめた本が2冊(Cohen & Macaro, 2007; Griffiths, 2008)出版されたが,本論は40年を迎える現在,学習ストラテジー研究の専門家たちはさらにどのような研究が必要だと考えているかを調査し,その結果をまとめたもの。個人的には,「case study」という言葉が何度も目に入ってきた印象を受けた。それにしてもこの企画,いつまで続くのかな(つぎは50周年だろうか…)。


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Seker, M. (2015). The use of self-regulation strategies by foreign language learners and its role in language achievement. Language Teaching Research, 19, 1-19.


自己制御学習(self-regulated learning)を構成する要因(志向性,パフォーマンス,評価)を定義・操作化し,その妥当性をいくつかの観点から検証したもの。


2015年4月

Yeldham, M. (2015). Second language listening instruction: Comparing a strategies-based approach with an interactive strategies/bottom-up skills approach. TESOL Quarterly, 49.


リスニング指導におけるSBI(strategy-based instruction)の効果を検証したもの。具体的には,台湾のEFL大学生を対象とし,一般的なストラテジー指導によるアプローチとストラテジー指導とボトムアップスキルの指導を組み合わせたアプローチの効果を比較している。グループ間,グループ内における指導効果をそれぞれ検討したところ,プレ-ポスト間で2つのアプローチには大きな差は見られなかった一方で,プレ-ポストにおいて一般的なストラテジー指導を受けたグループのリスニング力や他の情意要因(自信,動機づけ)に大きな変化が見られた。結果として,とりわけlower-intermediateの学習者にとっては,バランスの取れたインタラクティブなアプローチよりも,リスニングストラテジーを集中的に指導する方がより高い学習成果を得られる可能性があることを指摘している。


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Richards, J. (2015). The changing face of language learning: Learning beyond the classroom. RELC Journal, 46, 5-22.


教室外での自学自習用の教材として,現在,どのようなものが利用可能になっているのか,その現状と課題について多くの具体例を挙げながら解説している。質量ともにその内容は充実化してきており,場所,学習目標,学習様式(個人,ペア,グループ),学習手段(コンピュータ,携帯電話,テレビ)などに応じて,非常に多様な学習が可能になっていることがよく分かる。


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西内啓 (2013). 『統計学が最強の学問である』 東京: ダイヤモンド社.

西内啓 (2014). 『統計学が最強の学問である [実践編]』 東京: ダイヤモンド社.


統計に関する基礎的な事柄について,とくにビジネス場面での使用を想定して書かれたもの。続編に当たる「実践編」では,より具体的な事例や場面に応じた分析手法の使い分けなどに紙幅が割かれている。記述が平易であり,取り上げられている例も身近なものが多いため,初学者でも手に取りやすい内容となっている。


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Polat, B., & Kim, Y. (2014). Dynamics of complexity and accuracy: A longitudinal case study of advanced untutored development. Applied Linguistics, 35, 184-207.


SLAにおける多くの研究は“instructed language learning”を対象としているが,自律学習の必要性や重要性が叫ばれる現在,教室外における“untutored language learning”の実際について理解を深めることも喫緊の課題だと考えられる。本研究では,後者のような状況で英語を学ぶ学習者の言語発達をDSTの観点から調査・分析している。対象となったのは,トルコ語を母語とする英語学習者1名,ならびに対象群として英語母語話者3名であった。約1年にわたって2週間に一度のペースでインタビュー調査(1回30分程度)を行い,各回の会話データの最後100ワードを分析の対象とした。結果として,複雑さ,正確さの測定に用いられた各指標はそれぞれ異なったプロセスを経て発達していたこと,指標によっては母語話者とほぼ変わらない値が得られたものもあったこと,したがって学習者言語の発達をより精緻に記述・分析するためには,個々の指標をそれぞれ個別に検討していく必要があることが示唆された。また,“untutored language learning”は通常の“instructed language learning”に比べて,よりダイナミックに言語習得が進んでいく傾向が見られることから,DSTを援用した研究とより相性が良い可能性があることも指摘されている。


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Uhrig, K. (2015). Learning styles and strategies for language use in the context of academic reading tasks. System, 50, 21-31.


学習スタイルと学習ストラテジーの関連をリーディングタスクに焦点をあてながら調査したもの。対象となったのは2人の大学院生,インタビューや学習記録などデータをトライアンギュレーションさせて分析した結果,学習者の学習スタイルは彼らがタスクに取り組む際の学習ストラテジーの選択に大きな影響を与えていたことが指摘されている。この種の研究はそれなりに報告されているが,(本論を含めて)見本となるような研究はほとんどない。


2014年度

2014年4月~2015年3月の「研究ジャーナル」はこちらです。